ミスドとフイッチと片岡義男
珈琲の方でミスドカップを出してきたので番外編で「愛用品」の方に。
しかも 珈琲じゃなくてすいません。
珈琲好きだけど やっぱ紅茶も飲みますよね。
午後のひと休みにミスドとフイッチ社コラボのティーポットでアールグレイ。
ホントはカップまで揃えば絵になるのに残念。
そういえば以前は古本屋というかブックオフ的な店でも並んでた片岡義男が最近見当たらない気がする。
古くなりすぎたのか、読む人が減ったのか。
つまり一般に需要が減ったと言う事だろうか。
需要という言葉は片岡義男には似つかわしくないと個人的には思ってはいるがそういうことなのだとも思う。世代なのか。
流行りならまた一周してボビーに首ったけを若い人達が目にする日が来るかも知れないけど その頃は自分は別な事に気を取られてるだろうから 気にしていても仕方ない。
褐色の濃い液体を口にする時に似合う本。
薄い紅色な液体を口にする時に似合う本。
ただのダジャレで選ぶ時も勿論ある。
深く考える事はない。
どうせやってる事はただ個人の好みなのだから。
珈琲好きだと知りながら珈琲と一緒に娘がお土産で持ってきたEarl Greyに これもまた深い考えもなくずっと放置して ふと今日開封してみる。
ロンドンの人気の店なのか その辺のスーパーの物なのかもわからないが現地での彼女の生活の雰囲気の一つはこれなんだろうと想像する。
距離は何キロ? 時差は8時間。大事な話のタイミングを計るのに時差だけはしっかり覚えた。
あとは好みが決める。
だから「アール・グレイから始まる日」なんてのを午後3時過ぎに眺める。ほぼ1日は終わりへ向かってるのに。その中の短編「ドーナツの穴がのこっている皿」を読み母が昔作ってくれたおやつのドーナツを思い出し 紅茶で娘を思い出し この瞬間に誰かが自分の事を思い出してくれているだろうかとふと思うが そうは世の中うまくはいかない事を知っているので 200cc容量のカップの底に残った紅茶を飲み干して 次にどんな興味が空から降って来るのか窓から外を眺めてみる。
毎年実を完熟前に強風にやられ落ちてしまい20年以上 実際に食べたことのない庭の残り少ないもうすぐ落ちるだろう赤いプラムを見て「そんな事も自由のようで自由ではないんだろう。自由だと思ってる人間もそうなんだろう」と なんて思いつつ感性(ひらめき、思いつき、空から降って来る)が先でそこに肉付けをして物を作る側の自分が、「なにもひらめかない、天から降る?なにそれ。理屈だけでモノは出来ている」という人間に初めて会った時の人の幅の広さに「世の中に対する期待と許容範囲は自分の好きにしよう」と思った日を思い出した。
そしてオヤツに食べようかと思いつつ話の流れならドーナツの出番なのに 手元にあるのは三石羊羹で 更に紅茶に羊羹が合うのか 好みに反さないのか悩みつつ この小さな筒から指で押出し糸で切る食べ方を思いついた人は「ひらめきの人」だと勝手に思ってる そんな午後をこんな長文をここに書いていてUCCさんごめんなさいと今更気づいた自分です。
ミュートしたユーザーの投稿です。
投稿を表示おはようございます。
片岡義男さん、懐かしいな。
若いころ読んだ覚えがありますし映画化がされた作品も観た覚えが確かにあります。
私の中では片岡義男さん=バイクという印象があり、Mashiさんには似合いすぎますね。
1冊の本から思いを巡らせるっていいものですね。記憶っていいものですね。
ティーポット、可愛いフォルムですね♡
ミュートしたユーザーの投稿です。
投稿を表示書き慣れておられますね🎵作家さんか、写真家さんか?
お嬢さんからの紅茶を飲むということが、きっかけで、ショートストーリーが展開されるなんて!
片岡さんの小説は,タイトルだけは知ってます。この機会に,挑戦してみたいです。